監修:国立スポーツ科学センター スポーツ研究部 研究員 博士(スポーツ科学) 枝 伸彦先生
日々、身体を鍛えているアスリートは、免疫機能が高いイメージ。けれど実際は、肝心の試合前に風邪やインフルエンザなどで体調を崩して、思い通りのパフォーマンスを発揮できない人も…。人一倍、細心の注意を払って身体に気を使っているはずなのになぜ? スポーツ科学の専門家である枝伸彦先生にお話をうかがいました。
私たちは基本的に、運動をすればするほど健康になると考えがち。確かに、一般の人が健康目的や趣味で行う適度な運動は、免疫機能をアップさせることがわかっています。
しかしアスリートが行うような高強度の運動は、身体を極端に疲労させ、免疫機能の低下を招きます。「つまり、一見身体が丈夫そうに見えるアスリートは、実は風邪やインフルエンザの罹患リスクが高いといえるのです」(枝先生・グラフ①)
体内の免疫をつかさどる免疫細胞や免疫抗体はたくさんありますが、アスリートの体調を身体に負担なく簡便に測定できる指標として使われているのが、唾液に含まれる「SIgA(Secretory Immunoglobulin A:分泌型免疫グロブリンA)」です。SIgA値は、「高疲労」の状態にさらされたときに低下。SIgAの分泌量が少ないほど、感染症にかかりやすいことや、風邪の発症当日にかけてSIgAの分泌量が減少し、発症後にSIgAの分泌量が回復するなどの研究結果があります。
「運動とSIgAの関係について見ると、ヨガのような中強度の運動はSIgAの分泌を高めますが、たとえばマラソンのような一過性の高強度運動をすると、翌日までSIgAの分泌量が減ること、すなわち身体の免疫機能が低下することがわかっています。いわゆるウイルスや細菌の侵入に対して無防備な状態“Open Window”となってしまうのです。また、強化合宿などで継続的に高強度運動を行うと、疲労が蓄積し、集団生活などでストレスも感じやすくなることから、数日にわたってSIgA値が下がり、慢性的な免疫機能の低下を引き起こすことも調査で判明しました」(枝先生・グラフ②)
ハードなトレーニングに加えて、遠征先への長距離移動、強化合宿、プレッシャーなど、常に「高疲労」「高ストレス」にさらされるアスリートは、免疫機能が低下しやすく、風邪やインフルエンザにかかるリスクと隣り合わせにあります。
また、アスリートに限らず、試験前の学生や受験生、育児中のママ・パパ、重要な会議やプレゼン前の社会人など、同じく「高疲労」「高ストレス」の状態にある人は、風邪やインフルエンザのリスクが高くなるので注意が必要です。
風邪やインフルエンザにかからないようにするには、免疫のベースラインを高めることと、ウイルスや細菌を体内に入れない「感染症予防」の両方が必要です。
「中強度の運動を行ったり、日々、身体を動かしたりするライフスタイルは、免疫のベースラインを上げてくれるので、ぜひ心がけたいところ。また、マッサージやはり、アロマテラピーなども免疫機能を高めてくれるので、生活に取り入れるといいでしょう。もちろん、栄養バランスのとれた食事をすることや、睡眠時間を確保して規則正しい生活を送ることも疲労やストレスを改善するので、免疫機能の低下を防ぐためには重要です」(枝先生)
ウイルスや細菌を体内に入れない「感染症予防」には、厚生労働省が推奨している手洗い、マスク、ワクチン接種がマスト。「また、加湿やインフルエンザ予防効果があるといわれる“緑茶”を飲むのもおすすめです。対策はひとつではなく、何重にも重ねるとよいでしょう」(枝先生)
ウイルスや細菌は、のどや鼻の粘膜細胞に感染しますが、のどや鼻の粘膜細胞の表面にはウイルスや細菌などの異物を体内に侵入させないように、感染前の最後の砦として「のどバリア」機能が備わっています。実はこの「のどバリア」を高めれば、たとえ口や鼻からウイルスや細菌が入ってきたとしても、粘膜細胞に感染する前に排除することができ、風邪やインフルエンザにかかるリスクを下げられることがわかっています。
そこで最近、風邪やインフルエンザの新予防法として注目を集めているのが、「のどバリア」を高める方法です。